「仕事の技法」に引き続いて、田坂広志氏の著作をレビュー。
構成は
第一話 なぜ、高学歴の人物が、深い知性を感じさせないのか
第二話 「答えの無い問い」にあふれる人生
第三話 なぜ、「割り切り」たくなるのか
第四話 「割り切り」ではない、迅速な意思決定
第五話 精神のエネルギーは、年齢とともに高まっていく
第六話 「固定観念」を捨てるだけで開花する能力
第七話 なぜ、博識が、知性と関係ないのか
第八話 頭の良い若者ほど、プロフェッショナルになれない理由
第九話 なぜ、優秀な専門家が、問題を解決できないのか
第一◯話 「スーパージェネラリスト」のは、いかなる人材か?
第一一話 「垂直統合の知性」を持つスーパージェネラリスト
第一二話 スーパージェネラリストに求められる「七つの知性」
第一三話 なぜ、経営者がスーパージェネラリストになれないのか?
第一四話 「予測」できない未来を「予見」するにおは、どうすればよいのか?
第一五話 なぜ、「目標」と「ビジョン」が混同されるのか?
第一六話 「志」と「野心」は、何が違うのか?
第一七話 なぜ「戦略」とは「戦わない」ための思考なのか?
第一八話 なぜ優れたプロフェッショナルは「想像力」が豊かなのか?
第一九話 「知性」を磨くための「メタ知性」とはな何か?
第二◯話 なぜ、古典を読んでも「人間力」が身につかないのか?
第二一話 あなたは、どの人格で仕事をしているか?
第二二話 なぜ、多重人格のマネジメントで、多彩な才能が開花するのか?
第二三話 なぜ、スーパージェネラリストの知性は、現場にあるのか?
第二四話 なぜ人類は、二◯世紀に問題を解決できなかったのか?
第二五話 「二一世紀の知性」とは、いかなる知性か?
となっていて、まずは、知識、知能と「知性」との違いで
「知能」とは、「答えの有る問い」に対して、早く正しい答えを見出す能力。
「知性」とは、「答えの無い問い」に対して、その問いを、問い続ける能力。
すなわち、「知性」とは、容易に答えの見つからぬ問いに対して、決して諦めず、その問いを問続ける能力のこと。
ときに、生涯を賭けて間うても、答えなど得られぬと分かっていて、それでも、その問いを問い続ける能力のこと。
と、我々がよく感じる、「頭の良い人」と「知性のある人」との違いが明確に示されていて、いつもながらのすっぱりとした分析は胸がすくようだ。
そして、筆者が、そうした「知性感」に基づいて、これからのビジネスマンのあり方として提案されるのが、スーパージェネラリスト」である。最近は、スペシャリスト偏重の風潮が強くて、向かい風の強いジェネラリスト志向の面々には嬉しい援軍であろう。
当方が思うに、ジェネラリスト志向とスペシャリスト志向は時代の風潮によって毀誉褒貶があるもので、一時期は、ジェネラリストとスペシャリストを融合した「T型人材」なんて言葉もあったが、人には性格性向というものがあって、そう簡単に志向を変えられるものでもない。
本書にいう「スーパージェネラリスト」とは
「学際的問題」を解決するためには、何よりも、個別の「専門の知性」を、その「垣根」を超えて統合する「統合の知性」が必要であり、コーワン博士が「スーパージェネラリスト」と呼んだのは、そうした「統合の知性」を持った人材のことであった。
それは、正確に言えば、様々な専門分野を、その境界を超えて水平的に統合する「水平統合の知性」を持った人材
というものであって、「スペシャリスト」志向型の考えから「今日的」と言われる、いくつかの専門性をもちながら、それを広げるといった人材ではなく、むしろ、ジェネラリストの進化系、多くの専門性の共通項を見出しバインディングする力を持つ人材であるように思ったのだが、どうであろうか。
そして、そのスーパージェネラリストの活躍する場面も
これまでの戦略思考は、「山登りの戦略思考」とでも呼ぶべきものであった。
すなわち、あたかも山に登るときのように、地図を広げ、地形を理解し、目的とする山頂を定め、その山頂に向けて、どのルートで登っていくかを決めるという戦略思考であっそのことを理解すべきであろう。
これは、どういうことか?「波乗りの戦略思考」である
すなわち、あたかもサーフィンで波に乗るときのように、刻々変化する波の形を瞬時に体で感じ取り、瞬間的に体勢を切り替え、その波に上手く乗りつつ、目的の方向に向かっていくという戦略思考である。
ということであるらしく、今まで盤石であった「上昇志向」の世界観からの脱却を必要とするもので、それは
ネット革命は「知識社会」というものを加速していくが、こうした状況が生まれてくる結果、「知識社会においてば、知識が価値を失っていく」という逆説が起こる
という時代の変化の大潮流へどう対応していくかの答えでもある。
本書によれば、
「言葉で表せる知識」が価値を失っていく社会において、何が価値を持つようになるのか?言うまでもなく、「言葉で表せない智恵」である。
ということであるらしい。時代は再び技術や知識ではなく「叡智」が尊ばれる時代へと移ろうとしているのでありますかな。
(2018.06.02追記)
田坂広志氏の「知性を磨く」は先だってレビューしたところなのだが、そこで、盛り込めずに、そのまま気になっているところがある。
それは「自己限定」ということ。
で、「知性を磨く」から、「自己限定」に関連したところを引用すると
「人間は、歳を重ねると、肉体だけでなく、精神もエネルギーが衰えていく・・・」
我々は、意識と無意識の境界で、このような「固定観念」を抱いている。
しかし、実は、それは、「思い込み」と呼ぶべき「固定観念」にすぎない。
我々が意識と無意識の境界で抱いている「人間の精神は、歳を重ねると、しなやかさや、軽やかさを失っていく」という強固な「固定観念」によって、実際に、我々の精神は、歳を重ねるに従って、しなやかさや、軽やかさを失っていく
あるいは
「七つのレベルの思考」(「思想」「ビジョン」「志」「戦略」「技術」「人間力」を身につけるのは、実は、それほど、難しくない。
ただ一つのことを行うだけで、この「七つのレベルの思考」が、身につき始める。
何か?しかし、こう述べると、読者から、疑問の声が挙がるかもしれない。
「自己限定」を捨てる。
我々は、無意識に、自分の志向を、自分が得意だと思っている「思考のレベル」に限定してしまう。そして、その「自己限定」のために、自分の中に眠る「可能性」を開花させることができないで終わってしまう。
といったあたり。当方のように定年が近くなると、様々なリミッターがあちらこちらに出没してくるのが事実。
とりわけ、強敵のリミッターは「年齢(とし)なので」ということと、本書でも取り上げられている「自分はもともと〇〇屋だから」といったところで、この本のアドバイスは、できるできないにかかわらず、とても嬉しいアドバイスである。
もちろん、リミッターを外すための方法論は別途あるのだろうが、一番大事なのは、本書によれば、「心の持ち方」であるように当方は受け取った。というのも、多くのリミッターは、自分自身が傷つくのが怖くて自ら減速してしまったり、自分の能力を「〇〇屋」ということで定義づけして、走ることを事前に回避することであるように思うのである。
年齢のせいにせず、まず走れ、ということでありますかな。
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